story8 代償ではなく自分の心の平安に

自分への傾聴を意識してやってみる

自分の心の声を聴かず相手や周りを優先していた私は、別居という形の代償で一区切りついたように思いました。
しかし、この生活から手に入れたものが、今回の新講座を創ろうという思いに辿り着いたのです。

傾聴に出逢い、自分への傾聴をことあるごとに意識するようになってきました。

自分への傾聴をし、自分に対しての声かけを度々するようになったのです。

「そんな風に言われたら悲しいよね~」
「今日はめちゃくちゃがんばったね!」
「しんどいよね。ちょっと休もうか」
「今は無理したくなんだよね」

そして何かに迷った時には自分と相談。
「どうする?行く?行かない?」
「これを今やる方が心地いい?」
「後回しになっちゃうけど、今は寝たい?先にやった方がスッキリする?」
「なにかざわつくんだけど、これはどこから来てるのかな?」

こんな自分との会話をするようになってきました。
今でもこんな自分との会話はずっと続いています。

もちろん会話をせずに、直感的に決まることもたくさんあります。
直感は大切にしているので、直感的に感じた感覚は素直に従っています。
これも自分への傾聴のひとつだと感じています。

自分の心の声がわかると人との違いが明確になる

自分への傾聴を習慣にしていくのと同時に相手への傾聴を学んでいくと「私はこう思っているけどあなたはそう思うんだね」というように、自分の気持ちと相手の気持ちとの違いが、いつの日からかハッキリとわけられるようになってきました。

自分と相手は違っているのがあたりまえです。

私は自分の心の声が聴けず、相手の気持ちを察して動いていた時は、私がいいと思うから相手にとってもこれがいいだろうと勝手に思っていたんですよね。
相手の気持ちはわからないのに。
聞いてもいないのに忖度して動く。
そして違っていることも多々ありました。

自分の心の声がわかって初めて、相手の気持ちとの違いに気づくことができたのです。

自分の気持ちと相手の気持ちを分けることができるから「自分はこう、あなたはそう」と両者を横に並べることができるのです。

似ている時もあれば、全く違うこともある。
「似ているね」「違うんだね」とどちらの場合であっても、そのままの自分とそのままの相手を認められるようになってきました。

違いがあることは頭ではわかっていても、これが体感でわかるようになってくると、どちらのことも否定しなくなるのです。

これができるとなんて楽に生きられるの!

相手を否定することにエネルギーを使いモヤモヤを感じたりすることもずいぶん減りました。
全くなくなったとは言いません。腹が立つこともあるし、悲しくなることもあります。

だけど、その時にはそれもそのまま認めます。
「腹が立つよね」「悲しいよね」と。

こうしてそのままの自分にOKを出せるようになってくると、本当に不思議なんですが、相手のこともそのままでOKを出せるようになってくるのです。

本当に自分にできることしか、相手にはできないんだなぁとつくづく思います。

怒っている人に「今怒りたいんだなぁ」
文句を言う人に「今文句を言いたいんだなぁ」

見ていていい気持ちではないですが「この人は今それを表現したいのね」と思えるのです。

SNSを見ていても「今これを言いたいんだなぁ」「今これを言いたくなったのはどんな思いがあるからなんだろう…」とそんな興味になっています。

こんな風になってくると、心が乱されることが少なくなってきました。
そうすると以前と比べると、どれだけ楽に生きているんだろうと思います。

もちろん揺れる時はあります。振り子のように。
揺れてもいいんです。人には気持ちがあるので揺れますよね。
以前はふり幅が大きかったのですが、今は軸に戻って来る時間が早くなっている感覚です。

穏やかな時間が増えることが、自分の心の平安に繋がっています。

まとめ

代償だと思っていた別居は、傾聴に出逢う素晴らしいきっかけとなりました。

違いがあるのがあたりまえだと認識できて、自分のことも相手のことも否定しなくなってきました。

自分も相手もそのまま認められる。
そうなってくると、心のふり幅は少なくなり穏やかな時間が増えます。

自分の心の平安を保つにも傾聴は大活躍してくれています。

あなたがあなたでいられますように。